ハーベイと口を利かなくなって三日が過ぎた。
相変わらず彼は俺の目の届く場所にいる。
わかっていた。このゲームのルールは皮肉なものなのだ。
普段はふたりの距離が100mを越えてしまわないように気を配っているというのに、こういう時には離れることを許してくれない。

 いっそ還してしまおうかと、何度も思った。
優勝を諦める。ゲームを脱落する。そうすれば彼は家族の元へ還ることができる。
どうしても踏ん切りがつかなかったのは、まだ俺がこのゲームを諦めきれていないからか。それとも。

 薄々、気付いていた。
きっとこれは恋愛感情だ。
だからこそ駄目だったのだと思う。
何も持っていない俺が、彼にそんな感情を抱いてしまったということが。
願いも強さも全部曖昧な俺が、届くわけがないじゃないか。

「ねえ」

 上から降ってきた声に、俺は顔を上げる。
そこには同室の紅有が立っていて、そういえばこいつも帰ってきたんだっけ、なんてぼんやり思った。
紅有はいつものように薄い笑みを浮かべて、俺の隣に腰をおろす。

「何があったかは聞かないけど」

 少しお話しようよと彼はわらった。
話す内容なんて思い付かなくて、俺は彼の顔をただ見返す。
ふいに紅有は、世間話をするように言葉を発した。

「土師くんの願い事ってなんだっけ」
「……俺は」

 強くなりたかった。

 吐き出した言葉はとても小さかったけれど、どうやら彼には伝わったらしい。
少し考えるような素振りを見せた後、紅有はもう一度問うた。

「その強さって、どういうことだろうね」
「…どういう意味だよ」
「そのままの意味さ」

 俺の目の前で人差し指を立て、紅有は片目をつむる。

「俺は兄さんを、兄さんの幸せを守りたいと思ってる。そういう強さもあるんじゃないかな」


 その言葉をきいて、ふと妹のことを思い出した。
人の倍、口が達者だった彼女。
何があっても、自分の信念を曲げなかった彼女。
そのせいで、殺されてしまった彼女。
俺は彼女を守れなかった。彼女を守りたかった。
もう二度と同じことを繰り返さないように、強くなろうとした。
もう二度と、大切な人を失いたくなかった。


 だから、強くなりたかった。


「紅有」

 名前を呼ぶと、彼は驚きと面白さが入り交じったような顔をした。
そんな顔もするんだね、なんて可笑しげに。

「ありがとう」

 微笑んだ俺に、紅有は満足そうに頷いた。

「力になれたなら嬉しい…かな」

 謝りに行こうと思った。
告げにいかなければならないと思った。
明日からまた、胸を張って隣に居られるように。





(はじめてのありがとうをきみに)

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