灯りの点っていない部屋に、ふたつの影がうごめいている。
同室者であるふたりがまだ帰還していないことに、召喚師の青年はただ安堵した。
本当は心配しなければならないのかもしれない。
未だに帰還していないということは即ち、彼らはまだ二の氷窟で戦っているということである。
或いは、脱落した。最悪の場合、死んだということも考えられる。
しかし青年は安堵した。
自らの醜態を見られたくない。そんな身勝手な思いから、確かに青年は心を落ち着かせたのだ。

 要するに青年の内には弱みを見せたくないという感情があった。あったはずだった。
だから彼は無意識に、本当に無意識のうちに自分の引いた線を越えてしまっていたのかもしれない。

「土師くん」

 部屋に戻ってから俯いたままの青年に向かって、彼の召喚獣は声をかける。
氷窟での戦績は3勝1敗。
一度負けたことによって一回多く戦うことになってしまったが、彼らの実力からすれば他愛ないことだった。
そのため、召喚獣はあまり深く考えていなかったのだ。
確かに負けこそしたけれども、それは後に努力すればなんとでもなることである。
それはどうやら、青年には理解できないことのようだとは気づかないまま。

「…どうしたんですか?」

 顔色を窺うように覗き込む召喚獣と目が合って、青年は再び床に目を落とす。
黙ったままの青年を横目で見ながら、召喚獣は怪訝な顔をする。
しばらくして、彼は合点がいったというように一言、切り出した。

「もしかして、負けたこと、気にしてるんですか?そんなのもう少し頑張れば」

 言葉の続きが召喚獣から出てくることはなかった。
顔を上げた青年は、自嘲気味に笑う。
馬鹿なことを言うんじゃないというように、そう、諦めたように。

「勝てるわけねえだろ」

 彼から漏れた、掠れた声はやけに部屋に響いた。
召喚獣の手首を壁に押し付け、青年は絞り出す。
苦しそうに、言葉を続ける。

「手も足も出なかった。攻撃が掠りもしなかった。七年間、曲がりなりにも俺がやってきたことはいったい何だったんだ?」

 顔を歪めて、一言一言、自らに言い聞かせるように。
まるで戒めのように。

「勝てるわけ、ねえだろ」

 微かに震える声で、青年は繰り返した。
涙なんて出るはずもなかった。

 召喚獣は、下を向いた青年をただ見つめていた。

 部屋に沈黙が落ちる。
ふたりは互いに目を合わせない。


「離してください」

 ふいに召喚獣が呟いた。
驚くほど冷たい声だった。
青年は召喚獣の手首をいっそう握りしめる。

「離してください」

 もう一度、冷えた声で彼は言った。
それと同時に振り払われた手を、青年は呆然と視線で追う。
そして、一瞬目を伏せた後、召喚獣は声色を変えずに言い放った。

「土師くんが、そんなに簡単に諦める人だとは思いませんでした」

 その声は召喚獣には珍しく、しかし確かに怒気を含んでいた。
怒らせた。青年がそう直感した時にはもう遅く。
遠くなっていく召喚獣の背中を見つめながら、彼は拳を握りしめる。

 諦めるわけではない。
 逃げているわけではない。

 いくら言葉を並べても、それが召喚獣に届くことはない。
ただの言い訳に過ぎないそれは、ずいぶんと虚しい言葉に聞こえて、青年は口の端を歪めた。

 結局、俺が全部悪いんだ。


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